村の芝居

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演劇・兵庫には古くから村の芝居といわれるものがあった。

 

明和7年に定芝風俗居株免許となり冥加銀430匁を納めたということが見えているが、もちろん芝居がこのときできたわけではない。

 

大阪豊竹座の記録に享保年間に兵庫で上演したことがみえるから、そのころすでにあったことはあきらかである。

 

場所は兵庫算所村にあったから、古くはその算所の人たちの芸能として行なわれていたものから、定芝居に発展したものであろう。

 

これは都市歌舞伎であるが、神戸市域の北部に多くの農村歌舞伎舞台がのこっていて、村芝居の盛んであったことを示している。

 

花街としては、兵庫の佐比江が有名である。

 

当時の歌に「兵庫髭紅おしろいの花の顔、佐比江といえど日々に新し」というのがある。

 

その後いつからか花街は柳原に移されて、明治を迎えている。

 

なお娼家は、磯之町・湊通土堤下・逆瀬川町・真光寺前にもあった。

 

兵庫は西国街道の宿駅があったから、飯盛女がおり、これが風紀をみだすというので何度か禁令が出されている。

 

風俗のうちに兵庫髭という髪かたちがある。

 

唐人髭の変形したものというが、これが兵庫の町からはじまったかどうかは明らかでない。

 

永田診療所 神戸